諦めメソッド

ひょんなことから、ホルンの演奏を20秒ほど撮りたいと頼まれ、Laudatioの冒頭部分をカメラの前で吹くことに。

なんとなくプレッシャーというか本番の感じにギクッとするがうまいことハラが座り自分を受け入れ適度に諦め。すると不思議な力が抜けた感覚。





あ、これが自分の吹き方だったし音だったよなあ、そういえばって久しぶりに感じた。

果たしてこの感覚は、普段の練習でも基準にできるものなのか。できるなら、そうしたい。



うまくいかせようという力みの積極的諦め、こんな自分だけどそれでいいじゃないかという受容。

それを実行できる心を整える過ごし方、練習への入って行き方、始め方。自分の気持ち・心の在り方は奏法に信じられないほどつながる。



自分にとってのこの幸せな諦めのアクションと感覚は、自分には間違いなく重要で、なにか大事な真実がある。

でも、いったいどういう仕組みなのかはよくわからん。だからレッスンでそうしましょうと教えることはできない。

でも自分はどうもこうみたいだ、とは言える。



万人に役立つとは思えないけれど、誰かには必ずすごく役立つ。

この『諦めメソッド』(笑)をいつかだんだん体系化して他者に受け渡せるかな。




11 thoughts on “諦めメソッド

  1. とても素敵なメソッドですね!

    私はなかなかミスする自分、ダメな自分を受け入れることができません
    先生のブログをよく拝見させていただき、色々試してみるんですが、中々取り入れられないのか、長続きできず、いつも練習で高音域やなんでもない音を外したり、思い通りの音で出せなかったりすると、ネガティヴな思考に陥ってしまいます

    これが自分!っていう思考が許容できる第一ステップだと思うのですが、そもそも自分のよさや、自分らしさというものが、よくわかりません
    自分がどういう演奏、どういう立ち振舞いをしているときが自然なのか、わかりません
    だから受け入れられないのでしょうか?
    それともただだだ完璧主義が邪魔してるだけなのでしょうか?

    変な質問で申し訳ありません

    • いりぼうさんの完璧主義が、そもそも一体何を目指してのものなのか、っていうところが気になります….。

      どうして、楽器がちょっとうまくいかないと、そんなに自己嫌悪になるのか。

      他のことではそうでもないのか、とか。

      ちょっとぶっ飛んだ発想ですけれど、100円ワンコインチャリティーコンサートとかをソロでやっちゃうと、全然感覚が変わってそういうよくない完璧主義と自己権を「している場合じゃなく」なって、意外に楽しくしかもそれなりに良い出来で演奏できるかもしれませんよ、直感で言っているだけですが。

      そもそも、ご自身について使う言葉と、客観的に聴いて受ける印象が全然ちがうから、やっぱり現状評価、現象の受け取り方がちょっとずれているんじゃないかな…

      • ふむ……現状の受けとり方、ですか……
        自分のよさがわからないところも、ここにかかってくるのでしょうね

        自己嫌悪になる理由としては、出来る、当てられるのに、出来ないことがまず第一に来ます
        出来ることが出来ないというのは100%の自分ではない、と思っており、それを私自身は怠慢だと思っています
        またそのミスのせいで、また外した~と一緒に演奏しているメンバーから残念な目で見られているような雰囲気も伝わってきます

        当たらない音があるから楽しくない、のではなく、当たる音を確実に当てられなくて嫌な気持ちになるから楽しくない、のです

        これは本番中でもです
        こういった類いの気持ちを考えず、ただただ本番や曲に集中をします
        これは練習合奏のときも一緒です
        練習合奏もいわば一緒に演奏してるメンバーがお客さんです
        ですが、その演奏中に一個凡ミスをすると、上述のような気持ちになってきます
        とても嫌な気持ちになります

        • ホルンはそもそも音が外れる楽器ですよ!

          あと、外れる原因、当たる方法を考えずにただただ当てられなかった自分を責めているわけですね….
          ある意味、脳内ブラック会社だ!(笑)

          観察、分析、原因究明、実験、改善

          そういった作業をすっ飛ばして、叱責叱責叱責叱責….

          これは滅入りますよ~

          • 観察とか考察はしているんですよ?
            楽器との角度はどうだ、頭は自然かどうか、息のスピード、ソルフェージュはどうか……
            色んなことを見直して、やり直したら流れの中でもできるのに、それが一発目でできない
            できるのにできない、これがどうしようもなく、悔しくて辛いのです

            ホルンは外す楽器です
            それを理解ある人が多いから、メンバーからは何も言われませんが、それでも他のよく知るアマチュアの方、上手い方はホントに本番でもまったく目立つミスがなくて……
            そういうのをみんな知ってるから、ホントは嫌なんじゃないかなぁ、と思うのです

            • ・一発目でできない、その技術的もしくは心理的な理由の観察は?

              ・みんなの気持ち、というのは推測ですよね。そして、仮に嫌なんだったらどうするの?どうするの、の答えがいつも「自分はダメだ、クズだ、やめた方がいい」になっちゃってますよね、ツイッターで見る限りだと。

  2. モヤっとしか浮かびませんが、
    ・単純に個人練習で得た考察を合奏でできていない
    ・他のメンバーの音を聞きすぎて、自分の演奏に集中できていない
    ・ここは大事!と意気込みすぎたり、バッチリできたらかっこいいから、と欲を出していたりする
    ・練習場所の都合上、汗でマウスピースがスリップして、適切なアンブシュアが維持できない、またその状態で無理に吹くからバテる(これは改善不可能です、施設の都合のため)
    ……という点でしょうか

    私はホルンが好きで、吹奏楽が好きだから、自分もお客さんも楽しめる音楽がしたいから、ホルンを吹いてます
    決して一緒に音楽をやってるメンバーを不快な気持ちにさせるためにやってるわけではありません
    でも自分の力量やメンタルのせいで、不快に思われてるとしたら、それはとても嫌です
    自分の楽しみのせいで人の楽しみを奪うのは絶対にしたくないので、一緒にやらないというのがいいのかな、と思うのです

    • 前半:

      このへんは全部具体的でいいですね。さらに観察、実験を続けていくなかでいずれ全部徐々に解決されるはずです。


      後半:

      ここが個人的信念のところですね。苦しいのはこれですね….。

      ひとつだけ言えることは、一緒に音楽を演奏する仲間の弱点を不快とか嫌だとか思うことってすごく珍しい、ってことです。
      そして問題は不快だ嫌だと「思っている・言っている側」にあります。

      だって、本人(この場合は、入江さんね)は一生懸命やっているし、了承を得て権利があってそのグループにいるんだし。

      「自分の力不足」というものに、ホルン以前の昔からのトラウマがあるのかな?

      こういうことは、心理カウンセリングがオススメです!

      • 昔のトラウマ……野球をしてた頃でしょうか
        まだ音楽に触れさえしてないころのものが関係してるんでしょうか

        みんなを嫌な気持ちにさせたくない、というのは人付き合いに対してからもきているかもしれません

        • 「みんなを嫌な気持ちにさせたくない」って、本当は素敵なこと、優しさなんですけれどね。
          どこかでほんの小さなボタンの掛け違えが起きている気がしますね….

          カウンセリングがオススメです!

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