想像と創造こそが「基礎」

– – – –
この記事では

  • 想像力
  • 創造性
  • 音楽性



  • を技術的にも音楽的にもわたしたちの基礎と考える、という発想についてお話しします。



    【これをどう歌おうかな?】

    歌うように吹く。
    歌うように奏でる。

    いわゆる「音出し」や「基礎(技術)練習」も全部、歌うというアクションです。
    一音奏でるのでも、ロングトーンでもアルペジオでもスケールでもウォーミングアップでも、
    これをどう歌おうかな?
    という問いが出発点なのです。

    目の前に用意した楽譜や、思いついた音について
    「これをどう歌おうかな?」
    という問いを立てましょう。

    すると情報収集が始まります。そして歌の像(ピクチャー)を思い描く作業が始まります。これは、問いに反応して自動的に(あなたが止めない限り)膨らんでいきます。



    【具体化、意味化、イメージ化の力】

    たとえば、あるマイナーのアルペジオを奏でるとき、それはどんな歌なのか。

    ・どこで
    ・誰が(何が)
    ・何を言う(歌う)ために

    それを歌っているのだろうか。

    そのアルペジオに込められたストーリー、メッセージは何だろう。
    あるいはそのアルペジオが描写しているものは何だろう?



    【どこで、誰が、何のために】

    それを考えはじめると、いろいろなイメージが湧いてきます。

    わたしの場合はですが、

    「世界的な歌手ならこのアルペジオをどう歌うだろう?」

    と想像しはじめると、とてもイメージしやすくなります。

    オペラで、こういった単純なアルペジオが用いられるとしたら、それは
    • どんなシーンだろう?
    • どんな舞台だろう?
    • 衣装は?
    • 曲は?
    • 観客は?
    Etc.‥‥

    するといつの間にか、ただの音だしのはずだったアルペジオが、

    オペラの主役を演じている自分が歌っているような感覚

    に様変わりしているのです!


    ええ、集中力を使いますとも!
    ええ、ドキドキすることもありますとも!
    ええ、なんだかプレッシャーを感じますとも!

    でもこれって音楽そのものではないでしょうか?


    何よりも、家の練習室にいながらにして、大きなオペラの舞台で歌うことができるのです。
    うまくいけば、その興奮、緊張、歓喜も疑似体験できるかもしれません。
    本番で体験するドキドキ、ソワソワ、汗、震えを練習で味わうことができます。
    練習が、本番になるのです。



    【機械的で単調な練習こそが難しく、報われない】

    そう考えていくと、

    「機械的で単調な練習」

    というのはあえて、すき好んでわざわざやらないとできない、とても変な状態です。
    それは、想像力を抑え付け、創造性をあえて使わないようにし、音楽性を殺すようなやり方です。
    そんな難しく、心身を硬くさせ、上達しづらいことをなぜわざわざやっていたんだろう?

    そこには、

    想像力を働かせることへの抵抗や罪悪感

    のようなものがある気がします。


    これはわたしや一部のひとだけかもしれませんが、なんとなく

    「音を外すような人間に音楽をする価値はない」
    「完璧に演奏するのが先。それまでは歌いあげるのはおこがましい」
    「音楽的に演奏する、なんてキレイごと。やっぱり間違えるのはダメ」

    そんな呪縛がありませんか?


    実際、そういう発言を聞くことってありますよね。
    でも皮肉なことに、もっとも完璧に近くミスも少なくなるのは
    想像力が働いて、創造的に練習し、音楽的に演奏しているとき
    なのです。

    だから、想像力を押し殺して機械になろうとするのは逆効果。
    実はむしろミスを増やすし、技術をぎこちなくさせ、体も硬くなります。
    全部難しくなります。
    つまり下手になるのです。
    これはある種の怠慢なのではないでしょうか?



    【想像と創造こそが基礎】

    こう考えていくと、

    想像と創造こそが基礎である

    ことが見えてきます。

    正しい技術は、想像と創造を行うための技術です。それは、想像と創造のなかでこそ身につきます。
    正しい基礎は、想像と創造を行うための技術です。それも、想像と創造のなかでこそ身につきます。


    Basil Kritzer




    9 thoughts on “想像と創造こそが「基礎」

    1. こんにちは、アマチュアで吹奏楽を続けております社会人です。
      最近、貴ブログを見つけ、幾つか記事を拝見し、バジル様の考え方に感銘を受けました。

      以下、「歌う、というモード」「想像と創造こそが「基礎」」を読んだ感想と質問です。年末に失礼ですが、お時間のある時にでもご返信していただければ…

      私は現在、前者の記事で言う「こう奏でたい!」という具体的な感情が自分の中に少しも見いだせないのが悩みです。

      私も、「基礎を固めなきゃ!」「正確に演奏しなきゃ!」という思いがいつも先行しており、記事を読んでハッとさせられました。
      しかし、同時に、私には「こう奏でたい!」が無く、自分には音楽性が無いのかな…と思いました。

      当方は、文化部で一番人数が多いから、という理由で吹奏楽を始めました。それまではJ-POPすら聴かないくらい音楽には興味なしでしたから、本当に偶然の出会いです。だから初心なんてものも有りません。でも、先生に怒鳴られたり、先輩が上手な人だけをえこひいきしたり、本番で大失敗したり、嫌な思いをしつつも何故か惹かれるものが有って続けています。でもそれが何か、自分でも分かりません。

      勿論、自分なりに努力して何かを見出そうとしました。例えばプロの演奏を聴き比べるとか。でも、匿名でないとこんな事言えないぐらい恥ずかしい事ですが、正直、数分もすると集中力が切れ、すぐ飽きてきてしまうのです。

      「こう演奏したい!」は無いけど、何となく演奏がしたい…「それなら辞めてしまえば?」と言われても致し方有りません。それでも、辞めたくないのは確かなのです。

      こんな私に、何かアドバイスをいただければ幸いです。

      • Uさん

        吹奏楽をすることが、Uさんにとって揺るぎなく「好き」なことで、大事なことであることがよく伝わってきます。

        「なんとなく演奏がしたい」

        これは素晴らしいことだと思います。等身大ですし、自然です。


        もしかしたら、吹奏楽の合奏がとにかく好きなのかもしれないのではないでしょうか?

        個人練習や基礎練習で行き詰まるのは、それが原因かもしれません。

        もしかしたら、なるべくたくさんの時間を合奏練習への参加に使う(個人練習の時間を削ってでも!)ことが、Uさんにとってはいちばん自然で、楽しくて、楽器もうまくなる道なのかもしれません。そういうことは、普通にあることです。


        どうでしょうか?

        • こんにちは、ご返信いただきありがとうございます!

          仰る通り合奏は好きですし、個人練習も基礎練習も好きです。アンサンブルも好きです。

          言葉足らずで申し訳ございませんが、何が行き詰まっているかと言いますと、

          どの規模で吹いても、基礎練習でも曲でも、
          ・運指を覚える
          ・音を当てる
          ・アーティキュレーションを正確に吹く
          というノルマをこなす
          (誰かと合わせる時は、加えて、
          ・他の人の音を聴きながら吹ける
          ・指揮者の指摘通りに吹ける
          というノルマをこなす)に終始しているのが現状で、やりたい事を自発的に考えられないのです。

          むしろノルマをこなすことだけに興味があり、やりたいのかもしれません。典型的な良い子ちゃんタイプだと思います。
          もしかすると、想像力を持ちたいと思うのも、私にとっては新しいノルマでしかないなのかもしれません。何だか書いている内にこういう価値観しかない自分が嫌になってきました。

          ちょっと話が大きくなってしまいましたが、今行き詰まっていることは、「自発的に音楽の演奏でやりたい事を見つける方法」だと思います。

          • Uさん


            ノルマとして挙げられたことはいずれも、

            『音楽を奏でたいように奏でるために、自分がやりたいこと』

            の範疇に入るものだと私は思い、感じるのですがいかがでしょうか?


            やりたい音楽の構成要素であり、やりたい音楽の実現へのステップですよね。


            そして、ノルマでない理由は、それらをやる義務はないということです。
            できるかできないかと関係なく、それらはやりたいことだからチャレンジすること、なのです。


            挙げておられることはいずれも、自発的に望んでいることのように思えます。
            それを「ノルマ」であり、「やらねばならないこと」「義務」「最低限のこと」を解釈することで何かずれているのかもしれません。


            いかがでしょうか?

            • ご返信ありがとうございます。

              確かに、自発的にしていることなのは、ご推測いただいた通りです。「自分にも、自発的にやっていることが有る」ということが、分かり少しポジティブになれました。

              しかし、自発的といえど、上記の事は正確さにのみ関係しており、バジル様の仰る想像とか創造としては成り立っていないと思います。本文にある通り、どう歌うかを考えられたら、と思います。

              実は最初の質問をした昨晩から、ずっと自分が音楽な好きな理由を考えていて、その中で少し道筋が見いだせたかもしれません。

              「プロの演奏を聴いてもすぐ飽きる」とは書きましたが、音楽を聴く事自体は好きなのです。
              ただ、ハッピーエンドじゃない曲、そもそも吹奏楽じゃない曲などなど、普段演奏する機会の無い曲ばかり。
              ここ数年は、演奏する曲や楽器への理解を深めなきゃいけない!と、好きな曲を聴くのをすっかり止めてしまいました。(別に嫌いな曲ではないのですが。)

              でも今、好きな曲の好きな部分を思い出して、その効果を真似してみたいな、と思いました。これって第一歩ですよね?
              好きなものに触れる時間を長くして答えが得られたのなら、「自然で、楽しくて、楽器もうまくなる道」は仰る通り、これかもしれません。

              実際、どう吹けばそれが再現されるのか、まださっぱり分かりませんし、与えられた曲に合わない効果である事も多いと思うのですが、そこら辺の解決方法は、まずは自分で探ろうと思います。

              とにかく、記事を読み、相談に乗っていただいたことがきっかけで一歩前進できた気がするので、大変感謝しております。ご感想だけでも返信いただければ幸いです。
              ありがとうございました。

              • Uさん

                なるほど、Uさんが挙げておられた

                ・運指を覚える
                ・音を当てる
                ・アーティキュレーションを正確に吹く、
                ・他の人の音を聴きながら吹ける
                ・指揮者の指摘通りに吹ける


                というのを創造性と切り離して考えておられるのですね。
                だとすると、もちろんしんどくなると思います。

                これらは、ひとつひとつが(つくりたいものをつくる)創造のツールです。
                そしてひとつひとつがツールそれ自体としても創造的で芸術的なものなのです。
                音楽のツールの楽器それ自体が芸術作品であり創造性を発揮されて作られているように。



                そして、義務感のまま音楽を聴こうとして、それで感動や楽しみを覚えない自分自身に接していたのも、
                「音楽をしたい」という気持ちが無いのではないか、と自分自身を疑う理由になったわけですね。

                わたしも、そして多くの音大生も、実は音楽大学に入ってしばらくすると、たのしみとして音楽を聴かなくなったり
                以前ものすごく感動していた曲にも感動を感じなくなったりします。そしてそんな自分に愕然とするものです。

                しかし、後々わかってきたのですが、それは音楽を生活や人生の大切な一部として組み込むことができたからこその変化だと思うのです。
                いわば、初々しい恋から、地に足がついた愛に変わったというか。その変化をネガティブに感じてしまうことがあるみたいです。



                好きな時に、好きなものを、好きなだけ。

                それで良いわけです。

                大事なのは、これは常に移り変わっていくものであり、毎日新鮮にそれを改めて「問いかける」ことだと思うのです。



                やりとりが役に立ってよかったです。
                ブログで紹介してもよろしいでしょうか?

    2. ご返信ありがとうございます。Uです。
      返信ボタンが表示されなかったのでこちらから失礼します。

      成程、私が自発的にしていたことも、創造だったのですね。
      自分の今までを否定する必要はないのですね。
      前向きな理由や目標に昇華して、今までの事も続けていけたらと思います。

      音大生でも、感じ方が変わるんですね。これには驚きです。

      「好きな時に、好きなものを、好きなだけ。」
      長い目で見れば、確かに私にとっても音楽の好きな部分は移り変わっていっていますね。以前のマイブームにまた戻ってくることも有ります。義務に囚われず、新鮮に感じるものや、良いと思った部分を無視しないで長く続けていきたいと思います。

      勿論ブログに紹介していただいても構いません。
      周りを見渡しても、私が感じていたことを感じる方は少なく無いと思います。
      目上の方に相談しにくい風潮も根強いので、是非共有して下さい。
      この度は誠にありがとうございました。

    3. 本当に上手な演奏ってなんだろう。・・・と吹奏楽に限らず音楽を聴く事。やる事について思う事は
       自分も人も聴いてて気持ちよくなったり楽しかったりすることだと思うのですよ。
      それは、当然基礎的な事も勿論なのですが、こんな音色やこんな歌い方。自分はこの曲のここの部分をこう表現したい。という気持ちなんでしょうかね?例えば4分音符一つにしても感じる部分は人それぞれなんだな・・・・と思うのです。
      「上を向いて歩こうよ♪(マルカートで)涙がこぼれないように(少しレガートっぽく流れる感じで)♪」
      何だかコレだけでも楽しいですよね。でも表現するからには基礎的な事も勿論大事ですよね。こう吹きたい、こう感じたいという気持ちを表現する為にも少ない時間ながら基礎練習等も頑張りたいと思うアマチュアプレイヤーです。

    Leave a Reply

    Your email address will not be published. Required fields are marked *