あがり症を乗り越える

わたしたち音楽を奏でることを愛するひとたちの多くを、信じられないほど苦しめている「あがり症」。読者のみなさまの中にも心底、悩んでいる方がいらっしゃることでしょう。

あがり症は、「治す」ものでも、「克服する」ものでも、ましてや「紛らわす」ものでもありません。あがり症は「乗り越えていく」ものです。とても怖いけれど、乗って、越えていくもの。大きな大きな「波」のようなものです。

あがり症を乗り越えるうえでキーポイントになるのは、演奏中は演奏に100%コミットすることにあります。

コミットするというのは、日本語で言えば「取り組む」あるいは「関わる」という言葉がある程度当てはまりますが、「集中」ということではありません。

みなさんもよくよくご自身の体験を振り返って頂ければ分かるとは思うのですが、良い演奏や自分の実力を出せた演奏ができたとき、必ずしも「集中」していたとは限らないはずです。

それはそれは、色々なことを考えたり、頭をよぎったりしたのではないでしょうか?

「コミットする」とは、どんなことが起きても、たとえ完全に集中力が切れても、ひどいミスが続いたとしても、演奏している間は「演奏する」という行為を行うことを意識的に選択し続けることを意味しています。

では、「演奏」は何によって成り立つのでしょうか?

4つの要素があります。

1:音楽を演奏する演奏者(自分自身と共演者を含む)
2:音楽を共有する聴衆
3:音楽が紡ぎ出されている演奏空間
4:音楽作品が持つメッセージ(壮大なシンフォニーであっても、複雑な即興であっても、シンプルな音階でもよい)

演奏に「コミットする」とは、この4つの要素を認識し、意識を向け、注意を注ぐことを意味します。

では、次にそのひとつひとつをどう意識すればよいのかを確認していきましょう。

【1】音楽を演奏する演奏者(自分自身と共演者を含む)

あがり症に悩んでいるひとの中には、演奏者としての自分を痛めつけがちで、恒常的に辛辣な自己評価をしており、身体的あるいは心理的に演奏することにしんどさを感じていてもそんな自分を否定し鞭打とうするひとたちがいます。

また、そのような目線や価値観を共演者に向けている場合にも、あがり症に陥りやすいでしょう。

あがり症を乗り越えて行く第1歩として、自分が自分をどう捉え、自分の心や身体をどう扱っているか、そこを改善していく必要があります。そして幸いなことに、19世紀末に生まれた俳優の F.M.アレクサンダーが発見したことが、「自分の使い方」を改善していく具体的な方法論として発展しています。

F.M.アレクサンダーは、声が出なくなってしまい、その後それを克服する自らの体験をきっかけに

「頭の動きが、身体全体のバランスや状態、動きやすさに大きな影響力を持っている」

ことを発見しました。

わたしたちが「あがって」しまっているときや、演奏の不調に悩んでいる時、

「頭が過度に固定されてしまい、身体全体が連鎖的に緊張していく」

ということが起きています。

逆に、演奏の調子がよく、ハートを開いて良い演奏ができている時、

「頭が動いて身体全体がついいく(意のままに反応していく)」

ということが起きています。

この仕組みが分かっていると、フィンガリング、呼吸、アンブシュア、タンギング、構えなどの部分的な不調をもぐら叩きのように追いかけ回しながらなんとかよくしようと疲弊せずに済みます。

それは、特定の部分的な現象は、全体として起きていることの現れだからです。

つまり、全体をよくすることができれば、部分の問題や不調はうそのように消えてゆくことが多いのです。

その「全体をよくする方法」こそが

「やりたいことをやるときに、頭が動いて身体全体がついてくることを意識しながら、そのやりたいことをやる」

というものなのです。

みなさんはきっと、呼吸やアンブシュアなどが、ちょっとした意識のちがいに敏感に反応して動きや状態が変わることを体験的にご存知だと思います。

頭と身体全体も同じで、頭を動かそうとする必要も身体全体をゆるめよう、ついてこさせようとする必要もありません。

「やりたいことをやるときに、頭が動いて身体全体がついてくることを意識しながら、そのやりたいことをやる」

それだけで十分なのです。

ですので、演奏をするとき、

「奏でたい音を奏でるときに、頭が動いて身体全体がついてくることを意識しながら、奏でたい音を奏でる」

ということをどんどん取り入れていきましょう。

それが、あがり症乗り越えるうえで意識すべき4つの要素のひとつ、「演奏者である自分自身」を意識する方法です。

【2】音楽を共有する聴衆

みなさんはご存知ですか?

舞台上でドキドキしたり、汗をかいたり、ソワソワしたりすることは実は正常かつ望ましい反応であることを。

これらの現象をアスリートは「テンションが上がる」と言って喜びます。むしろ積極的に自分をそういう状態に持って行こうとします。パフォーマンスを高めるエネルギーだからです。

ただし、恐怖に囚われて身体が硬く緊張してしまうと、それはもちろんパフォーマンスを損ねます。

舞台上で悪い意味で緊張してしまわない大事なポイントとなるのが、自分と聴衆との関係性です。

あがり症のひとは、聴衆というものを危険きわまりない存在に感じています。

「わたしのことを悪くおもうんじゃないか」
「下手だと思われたくない」
「こんな演奏を聴かせて申し訳ない」

ちょっと落ち着いて考えてみましょう。あなたが聴衆のとき、演奏者のことをそんなに厳しい目で見ているでしょうか?

たぶん、見ていないですよね。であるならば、おそらくあなたの聴衆もまったく悪いことを思っていません。

ただし!もしあなたが他人を厳しい目で評価しながら聴いているとすれば、あなたがあがり症になっても不思議はありません。自分がそう思って見ているなら、他人からも同じ目を向けられているに決まっているからです。

さて、他人を批判的に見ていない多くのあがり症に悩むひとに関しては、聴衆が危険で怖いものである妄想を崩す必要があります。

方法は?

簡単です。舞台に立ったら、聴衆をちゃんと見ましょう。

できるだけひとりひとりを、隅から隅まで。

しばらく見ていると、あなたの身体は硬く緊張できなくなってきます。

なぜか?

緊張する理由がないからです。

ちゃんと見ると、聴衆の誰ひとりとして殺気を放っていないことが分かってしまいます。どこにも危害を加えてきそうなひとがいません。ほとんどみんな、笑顔であなたを迎えていることでしょう。

そうすると、本能的に「安全」であることが分かります。これにより、あなたの身体はむやみに緊張することをやめていってくれます。

【3】音楽が紡ぎ出されている演奏空間

自分が存在するその空間を認識することも、聴衆との関係性と似ていて、「その場が安全である」ことを本能的に感じ取り、過剰な硬直をほぐしていくうえで大切です。

ホールの隅々を見ましょう。
自分の背後の空間も、リハーサル中や舞台に歩いてくるときに見ておきましょう。

どこにも、危険はありません。むしろ、演奏者であるあなたの安全によく配慮され、あなたのために整えられた、とても安心できる空間であるはずです。

また、演奏空間をよく認識しておくと、その空間の音響に関しても良い意味で敏感になれます。

よく響き、演奏がしやすいわずかな角度や位置、向きのちがいを選択しやすくなります。

シカゴ交響楽団の伝説的トランペット奏者、A.ハーセスは初めてのホールで演奏するときは、音がいちばんよく響く楽器の向きや譜面台の高さをちょこまか探っていたそうです。

そうすることで、ホールという音響空間を味方につけ、ラクにパワフルな演奏を可能にしていたのだと思います。

【4】音楽作品が持つメッセージ

やりたくないことをやりたくないままにやっていると、わたしたちは緊張します。

なぜ、いまやっていることをやっているかが不明確だと、わたしたちは混乱したりやる気を失ったりします。

いずれにせよ、身体の動きが悪くなります。

舞台上で演奏することになる音楽を、どのように演奏したいか、大きく深い哲学的な意味から、とても具体的で細かいところまであれこれと思いめぐらせて練習してください。

そうすることで、

・その音楽を演奏する自分のための理由
・その音楽が舞台上でどのように演奏されればいいか
・なぜそのように演奏されるといいのか

が明確になっていきます。

明確になればなるほど、あなたの演奏は「必然」になっていきます。迷いがなくなるのです。

そうすると、たとえ演奏途中で身体的に疲れてきても、理想的な集中力が切れてきてしまっても、さらには大きなミスが起きたとしても、そこから大崩れしたりしません。

その一回の演奏の出来が悪くても、もはやあなたにとってそれは重要でなくなっているからです。

演奏したいように演奏する。それは、演奏したい通りに演奏が「できたかどうか」とはあまり関係がないのです。

結果の出来不出来によって自分自身にけちをつけては、決してなりません。演奏者の仕事は、演奏することです。けちをつけている場合ではないのです。その仕事をやり切るために。あなたが「どのように演奏したいか」を明確にし、結果を気にせず、他人の意見や評価に浸食されずに、ダイレクトにあなたのやりたいことをやろうとし続けてください。

それが、あがり症を乗り越えるために必要な「コミットメント」なのです。

(さらに詳しくは、6月28日発売
「The Flute」
に掲載予定)

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